仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)148号 判決
控訴人は別紙(末尾添付)記載文面の謝罪広告を岩手新報に五号活字を以て一回掲載すべし。
控訴人は被控訴人に対し金五千円を支払うべし。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
控訴人の反訴請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ、反訴についてのみ生じた分は控訴人の負担とし、その余はこれを三分しその二を控訴人、その一を被控訴人の各負担とする。
この判決は第三項に限り被控訴人において金千五百円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。
二、事 実
一、控訴及び附帯控訴の趣旨。
控訴代理人は、控訴の趣旨として「原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し金三千円及びこれに対する昭和二十四年七月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求める旨申立て、相手方の附帯控訴につき、附帯控訴棄却の判決を求めた。
被控訴代理人は、附帯控訴の趣旨として「原判決を次のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金二万五千円を支払い且本判決確定と同時に、原判決末尾添付文面の謝罪広告を五号活字を以て三回に亘り岩手新報に掲載せよ。控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を求める旨申立て、相手方の控訴につき、控訴棄却の判決を求めた。
二、当事者双方の事実上の主張。
(一) 被控訴代理人の陳述。
(1) 被控訴人が本訴請求原因として主張する控訴人の不法行為の内容は、要するに控訴人が、警察官及び検察官に対して、控訴人から金三千円を詐取した犯人は被控訴人でないことを知りながら、故意に被控訴人が真犯人であると申告したことである。即ち控訴人の右行為が故意に出たものであることは、同人から控訴人が金三千円を詐取した犯人の鼻下に「ホクロ」があつたといいながら、被控訴人の鼻下に「ホクロ」のないことが明らかであるのに、水沢警察署又は水沢区検察庁において被控訴人が真犯人であると言張つたことからしても明白である。
(2) 仮に控訴人の右所為につき故意が認め難いにしても、少くとも被控訴人を真犯人なりと断じたことにつき、重大な過失があるから、いずれにしても控訴人は不法行為の責を免れない。
(3) 被控訴人は控訴人から詐欺の真犯人であると指示、申告され、そのため勾留されると共に新聞紙上に記事として掲載されるに至つたものであるから、控訴人の行為と被控訴人の被つた損害との間に因果関係が存することは明らかである。
(4) 過失相殺の規定は、被害者の過失が、加害者の不法行為を助成し、又は加害者の不法行為と相俟つて損害を発生せしめた場合等、加害者の責任を宥恕すべき事情の存する時に適用さるべきものである。本件の場合被控訴人が水沢警察署で自白したのは、任意の自白ではなくして警察官から交々強迫的、或は誘導的尋問を受けたためであるから、右自白を以て過失相殺の事由とすべきではない。
(二) 控訴代理人の陳述。
(1) 被控訴人が本件詐欺の被疑者として昭和二十四年九月一日から十日間勾留されたうえ釈放されたことは認めるが、右被疑事件についての起訴不起訴の処分はいまだきまつていない。
(2) 控訴人から金三千円を詐取するについて担保に供せられた預金者鈴木ハル名義の預金通帳は、訴外夏目利政のものであるが、被控訴人は右訴外人の近隣に住み始終同人方に出入していたことからして、被控訴人が右通帳を盗取したものと推測し得られ、その他本件にあらわれた諸般の事情からみて、控訴人から金三千円を借りた者は被控訴人にほかならないものと認め得られる。
(3) 犯罪により害を被つた者が捜査機関に対して取調を求める行為は刑事訴訟法第二三〇条によつて与えられた権利行為であつて、もとより不法行為ではない。控訴人は前記貯金通帳を利用して金三千円を借りて行き、長期に亘つて返還せず、姿も見せなかつた者が、被控訴人その人であると確信しているのである。そしてこの確信は事実に合つているのであるが、仮りに右の犯人が被控訴人でないとしても、控訴人が右のように信ずることについては、少しも過失がない。
(4) 被控訴人主張の勾留、新聞記事等は、いずれも控訴人の行為即ち捜査機関に対する申告によるものではなく、むしろ被控訴人の捜査当局に対する自供によるものである。右勾留は被控訴人の捜査当局に対する自白及びその他の証拠と、これを前提とする検察庁又は裁判官の法律上許容された権限によるものであり、また新聞記事の如きは、全然控訴人の関知するところではなく、新聞記者が検察庁等について知り得たものを掲げたに過ぎないであろう。
以上のようにそれぞれ陳述したほか、当事者双方の事実上の主張は原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する。
<立証省略>
三、理 由
控訴人が昭和二十四年七月二十一日、水沢町警察署で、署員に対し、被控訴人を指して控訴人から金三千円を詐取したのは被控訴人であると申告げ、更に同年九月一日水沢区検察庁における検察官の取調に際しても前言を固執したこと、同年八月二十七日の岩手新報(盛岡市新築地十番地、株式会社岩手新報社発行)紙上に、被控訴人が控訴人から金三千円を詐取し、同署で取調べの上送検された旨の記事が掲載されたこと、なお被控訴人は右警察署から検察庁に送致された被疑事件のため同年九月一日から十日間勾留せられたこと、以上の事実は当事者間に争がない。
而して原審証人、佐藤武雄、菊地キク、後藤末三、原審及び当審証人夏目利政の各証言、原審における控訴人後藤とみ及び被控訴人伊藤長次郎各本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。即ち昭和二十四年六月十一日(土曜日)の午後一時頃、水沢駅前通りマーケツトで雑貨商を営んでいる控訴人の店先に、年齢二十四、五歳位とおぼしき男が来て、控訴人に対し、安田銀行の発行に係る預金者鈴木ハル名義の預金通帳(第一封鎖預金で預金額約四千円のもの)一冊と預金払戻請求書とを示し、自分は鈴木ハルの弟鈴木力男という者であるが、今日金の必要があるのに、銀行が休みで預金の払戻を受けることができないから、この預金通帳を担保にして金三千円を貸して欲しい、二、三日後には必ず返すが、もしもの場合にはこの通帳により預金を払戻して弁済にあててもらつても差支ないというので、控訴人もこれを信用して金三千円を右の男に貸与した。ところがその後右の男は約定の二、三日が過ぎても控訴人の所に現れないので、控訴人は不安を感じ、岩手殖産銀行水沢支店を介して前記預金通帳の調査をしたところ、右の預金は既に夏目利政なる者に払戻済であることがわかり、かくて控訴人は前記の男に金三千円を詐取されたことを確認するに至つた。右預金通帳の預金者名義人鈴木ハルは戦時中東京から被控訴人の隣家に疎開してきた画家夏目利政の姪に当る者で、右通帳は夏目の所持していたものであつたが、昭和二十三年十一月頃同人の衣類と一緒に何者にか盗まれたものであつて、控訴人も同年七月十九日偶然夏目利政に会つて右の事情を知つたのであるが、その際夏目は控訴人から前記金三千円を借りて行つた男の人相や服装、年齢等を聞き訊した上、自分に犯人の心当りがある旨を控訴人に話すと共に、控訴人は夏目の心当りの男が果して控訴人方へ金三千円を借りに来た男と相違ないかどうかを確めるため、翌日夏目の処へ出向いてその男を実見することを約したが、翌日控訴人は来ないで控訴人の夫の弟に当る後藤末三が夏目方に来た。しかし末三は控訴人から金三千円を受取つて行つた男に会つたことがないというので、夏目は同人の心当りの男を末三に見せても無駄であるとて、更にその翌日に控訴人自身が来るようにと話して末三を帰らした。翌二十一日夏目は心当りの男某の所在を確めつつ控訴人の来訪を待つていたが控訴人が来ないので、同日正午過頃約一里を離れた水沢町に赴くべく家を出かけた際、丁度水沢町の税務署に所用があつて行くという被控訴人と一緒になり、連れ立つて水沢町に行き夏目は控訴人方に立寄つたところ、控訴人は夏目と連れだつて来た被控訴人を見て、この間金三千円を貸したのはこの人だと云い出し、被控訴人は人違いも甚だしいと争つたが、ここで争つても仕方がないから警察署で調べてもらつた方がよいとて控訴人と被控訴人の両名は夏目と一緒に直ぐ近くの水沢町警察署に赴いた。同署で控訴人は前記のように同署の係員に対し被控訴人を指して控訴人から金三千円を詐取した男はこの者であると申告げたため、被控訴人は被疑者として取調を受け、最初は人違いであると極力否認したが、数名の署員に交々取調べられた結果、夏目方から預金通帳を盗み、それを担保にして控訴人から金三千円を借りた旨自白するに至つた。(右自白の点は被控訴人も争わないところである)。そして被控訴人は控訴人に金三千円を返還することを署員に誓つた上で、同日の夕刻帰宅を許された。その後被控訴人に対する右被疑事件は水沢区検察庁に送致されたが、被控訴人は同年九月一日同検察庁で検察官の取調を受けた際は人違いであると犯行を否認したけれども、同庁で取調を受けた控訴人は前記のようにあくまで控訴人から金三千円を詐取した男は被控訴人に間違いないと言張り、かくて被控訴人に対し勾留状が発せられ、これによつて被控訴人は十日間勾留せられるに至つた。以上の事実が認められる。
そこで本訴の主たる争点、即ち前記預金通帳を担保として控訴人から金三千円を借りた者は果して被控訴人かどうかの点について考察するに、前記のように被控訴人が昭和二十四年七月二十一日水沢警察署で取調を受けた際犯行を自白したことは、被控訴人も認めるところであるが原審証人千葉武男、館石文人、我妻沢雄の各証言中、被控訴人の右自白の経過に関する部分は原審における被控訴人本人尋問の結果に照し、たやすく採用できず、むしろ、原審及び当審証人千葉功、夏目利政、原審証人伊藤キクノ、千葉長英の各証言及び右被控訴人本人尋問の結果を綜合して考えると、被控訴人の右自白は同人の任意に出たものとは認め難いのみならず、その自白の内容が真実に合するものとも認められない。また前記証人佐藤武雄及び控訴人本人はいずれも、控訴人方へ金三千円を借りに来た男は被控訴人に間違いないと供述するけれども、それは金三千円を借りに来た男の年齢、人相等についての記憶をたどつて、被控訴人に間違いないというに過ぎないものであつて確たる根拠に基くものではないから、これ等の供述によつては、いまだ被控訴人が右金三千円を借りた男にあたるものと断定するわけにいかない。尤も控訴人本人は、右の男の鼻下の左右何れかに米粒よりも小さい「ホクロ」があつたと供述するが、原審鑑定人岩淵憲次郎の鑑定の結果によると被控訴人には右のような「ホクロ」はなく、また昭和二十四年六月頃以降に「ホクロ」を取去つた形跡も存しないことが認められる。その他被控訴人の全立証によつても、到底控訴人から金三千円を受取つた者が被控訴人であることを認定するに足りない。
次に控訴人が被控訴人を前記の犯人であると指示申告したことにつき、故意又は過失の有無の点を考えるに、控訴人において金三千円を控訴人から詐取したものが被控訴人でないことを知りながら、あえて捜査当局に対し右の所為に出たものであることはこれを認めるに足る証左はない。しかし確たる根拠なく、特に金三千円を借りに来た男の鼻下に「ホクロ」があつたとすれば、被控訴人にそれがあるかどうかを確めるべきであるのに拘らず、控訴人が漠然たる記憶だけに基いて軽々しく被控訴人を真犯人と断定し、捜査当局に対し被控訴人が犯人たるに間違いなしと申告げたことは少くとも控訴人に過失の責ありとせざるを得ない。而して犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができること、即ち犯罪事実を捜査機関に申告して訴追を求め得ることは刑事訴訟法第二三〇条の規定により明白であり、特定人を犯人として指示することは必ずしも告訴の要件をなすものではないが、特定人を犯人と指示して告訴をする場合にはこれにつき特に慎重なる注意を要することはいうまでもない、もしも過失により犯人でない者を犯人と誤信して告訴をし、その者に損害を被らせた時は不法行為としての責を免れ得ないものというべきである。従つて本件の場合、控訴人の前示過失ある行為によつて被控訴人に損害を及ぼしたとすれば、控訴人にこれが賠償の義務ありとせざるを得ない。
およそ犯罪によつて害を被つた者が、捜査機関に対して、特定人を指示しその者が犯人に間違いないと申告することは、それ自体その者に対する犯罪の嫌疑を深くし、捜査機関に重大な影響を与えるものであつて、このことは実験則上明らかなところである。被控訴人が前記のように警察署で取調を受け、その被疑事実が新聞紙に掲載公表され、次で検察庁で取調べられた上、勾留せられるに至つたのも、要するに控訴人が警察署員及び検察当局に対し被控訴人を犯人なりと指示申告したに由来するものであることは前段認定の事実関係からみて多く疑を容れない。
勿論右新聞記事の取材源が控訴人にあることを認めるに足る証拠はなく、また右勾留が控訴人の直接関与すべきものでないことはいうまでもないが、犯罪の嫌疑を受け取調べられるようになつた場合には、その事実が新聞紙上に報導されること或は勾留状が発せられることのあり得ることは通常の事例であつて、これがために被控訴人の被つた損害は結局控訴人が被控訴人を犯人なりと指示申告したことに基くものといわざるを得ない。即ち控訴人の右所為と前記新聞記事及び勾留によつて被控訴人の被つた損害との間に相当因果関係がないものとはいえないわけである。右に反する控訴人の主張は採用し得ない。
次に被控訴人の被つた損害の有無、その程度、数額等の点であるが、前記のような記事が新聞紙に掲載せられ、且つ勾留により被控訴人の自由が拘束されたことによつて被控訴人の名誉及び自由が害せられ、財産上及び精神上の損害を生じたことは容易に推測し得るところである。而して前記証人伊藤キクノ及び被控訴人本人の供述によると、被控訴人は肩書住所で母、妻、弟等と共に田地約二反余を耕作しているほか、桶職を業としているもので、右勾留せられた当時、桶職人としての仕事により少くとも一日金三百円の収益を得べかりしことが認められる。被控訴人の名誉が毀損されたことについては、後記損害賠償の外にその名誉を回復するため相当の処分を命ずることが適当と認められるが、成立に争のない甲第一号証によつて認められる前記新聞記事の態様、被控訴人の生活状態、その他上来認定に係る諸般の情況からみて、右回復の方法としては、控訴人に対し、前記岩手新報に五号活字を以て別紙記載の謝罪広告を一回掲載することを以て相当と認める。なお右勾留のために生じた財産上の損害としては、得べかりし利益一日金三百円の割合による十日間の分合計金三千円、また名誉及び自由を害せられたことによる精神的損害に対する慰藉料としては、上記認定の諸般の事情に鑑み金二千円を以て相当と認める。
次に過失相殺の点であるが、被控訴人の水沢町警察署における前記自白が、本件損害の発生を助成したことは否めないにしても、その自白が被控訴人の任意に出たものと認め難いことは、既に説明したところであるからして、これを以て過失相殺の事由とすることは相当でない。その他に被控訴人に過失の存したことを認めるに足る資料はない。
さすれば被控訴人の本訴請求は前記説明の限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。
なお控訴人が昭和二十四年六月十一日被控訴人に対し、金三千円を貸与した事実の認められないことは、既に説明したところであつて、右の事実を原因とする控訴人の反訴請求は理由がない。
以上説明の次第で、当裁判所の判断は原審のそれと一部符合しないものがあり、本件控訴及び附帯控訴はいずれも一部理由があるからして、原判決はこれを変更すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 谷本仙一郎 猪瀬一郎 石井義彦)
謝罪広告
私こと、さきに水沢町警察署及び水沢区検察庁で、確たる根拠がないのに軽々しく、金三千円を私から詐取した犯人は貴殿であると申立て、そのために貴殿に多大の迷惑を及ぼしたことは誠に申訳なく、こゝに謹みて陳謝いたします。
昭和二十 年 月 日
水沢町駅前通りマーケツト
後藤とみ
胆沢郡佐倉河村常盤二ツ檀十七番地
伊藤長次郎殿